自衛隊も経験。色々な仕事を経験した私が考える、自分に合った仕事の仕方

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荒川 泰之
クエストスクールという家庭教師をやっています。 個性を自立力にするための家庭教師クエストスクール http://quest-school.com/

生まれてから社会人として自立するまで

1985年、長野生まれ。小中高と公立学校に通う。中学までは成績も良く、田舎らしい大らかな風土で特にADHDの不得手な部分は問題とされず、むしろ得手の部分。関心ある部分にとことんのめり込む性格(一部の科目、陸上競技)を評価してもらい、概ね教師の評価は高かった。ただし授業態度が悪いと見られ(興味無い授業は寝てたり本を読んでいたため)内申点はかなり低い。

高校は県内トップの進学校へ進学するがこの頃からADHDの不得手の部分が目立ち始める。教科数が増えたため勉強の効率良い仕方が分からず途方にくれ、また学力への興味の薄れから勉強をしなくなる。ただ走りことは好きだったので陸上競技の成績は良好で。県の強化選手に登録され、市からも表彰を受けるほど好成績を残す。

卒業後、海上自衛隊のパイロットの訓練学校に入校する。自衛隊生活は最もADHDに不向きな環境であったと今になって振り返るとそう思う。行進など軍隊特有の集団で動きを揃えるような身体の動かし方が出来ず、また居室の整理整頓も出来ない、他にも直立不動を命じられてもすぐ身体のどこかを動かしたくなる衝動が抑えられなかったりと、色々ADHDの不得手な部分が目立ち、上官や先輩から叱責を受け続け、遂に心が折れて一年で退隊してしまう。

その後三か月の勉強で東京の中堅私大に入学する。大学生活は特筆するような問題は起きず、平穏に過ごし卒業をする。

卒業後、外資系製薬会社にMRとして入社。常識が無い、空気が読めない、学習能力が無い(関心無いことはすぐに集中力が無くなるため)と上司に叱責され続け、ここも一年で退社。

以後、治験コーディネーター、派遣型MR、医療器械メーカーを渡り歩き現在に至る。

 

ADHDの発覚

30歳を目前に控え、四度目の転職を考え始めた時、自分のおかしさに薄々気づき始める。友人のすすめもあり、心療内科をADHDの疑いで受診。WAISⅢ検査と問診を経て無事にADHDの診断が下る。ADHDと医者から告げられた時は頭が真っ白になったが反面、はっきりとした原因が分かりホッとしたところがあったのが正直なところでした。

 

ADHDの診断を受けた後、会社にそれを伝えると・・・

業務内容に手術の立ち会いがあり、ADHDの診断が下る前からその内容があまりに自分に向いてないことを自覚していたため診断書を添えて会社に報告。業務転換を申し出る。医療系の会社であるため、病気への理解はあるが、しかし正しく発達障害を理解しているとは言い難く、上司の間違った知識の押しつけ、またADHDへの理解の無さから部署内の人間関係を悪くし、最終的に他部署への異動を突然命じられ、給与も下がってしまう。

 

ADHDとしてどう生きるか?

これまで、普通の人からずれていると思ってはいた。ただしそれあくまで個性だと理解していた。得手の部分が突出している反面、不得手の部分も突出ししまう、非常に強い個性であると。しかし自衛隊のような組織はそのような個を完全に消し、画一的な人間になることを求め、そしてそのような様式を仕事の全てにおいて重要視する組織である。そこでは自分のような存在は異質な存在として徹底的な矯正されるか、それが出来なければ排除されるのだ。

当時、これはあくまで自衛隊の様な特殊な組織の持つ性質によるものだと思い、民間ならば許容されるのではと考え、大学を経て外資系の製薬会社に入る。しかしそこでもやはり同様なことを経験するのである。結局、多数の人間が集まりベクトルを一つに向けるためにはある程度の画一性が求められ、そしてそれに従えないものは矯正か排除の二択になるのである。それは日本企業より個性を許容すると言われる外資系でも起こりうる。

それならばと大企業を諦め、少人数(オフィスに人が20人程度しかいないような)の小企業ではどうかと思い、転職でそのような会社を選び、いま現在働いております。小企業では社内のあらゆるものがシステム化されておらず、良い意味でも悪い意味でも非効率であることが多い。なので自分のようなADHDを持つ個の強い人間にも多少の寛容性があった。

例えば自分は営業で直行直帰型の仕事であったのだが、営業の人間の勤務状況を管理するツールが無いので、出勤出社はある程度その人の裁量にまかせられていた。遅刻はなかったが、多少の遅刻をしてもばれない環境ではあった。またオフィスが狭いので皆顔を合わせて仕事をしている、なので書類などの提出期限が近くなれば自ずと声をかけてくれたり、或は多少の遅れにも目をつぶってくれるなど大らかな空気があった。なので、ADHD特有のタスクの先延ばし行為や時間管理の下手さなどがあまり問題とならない職場環境ではあった。

中小企業の多くは社内のあらゆるところで大企業と比べ非効率さがある。ただその非効率さは大きな幅を産む。大きな幅というのは、効率化された業務と比べ『こうしなくてはならない』という制約、決まり事が割と少なく、ADHDを持つ自分のような得手不得手の差が大きい個の強い人間でも大企業に比べてストレスが少なく働けております。

発達障害で就職に悩んでいる方はまずオフィスの人員規模が20~30人程度の環境ならば得手不得手の差の問題をある程度許容されて働けるのではと感じております。

 

今考えていること

ただそれもあくまで大企業と比べたらというレベルの話です。やはり中小企業でもADHDは生き辛さを感じる面が多々あります。上記に書いた通り、理解の無い人間からの偏見、またはある程度の働きやすさは確保したが将来的なことを考えると昇格や給与の問題もあります。

その生き辛さがADHDであることがはっきりと判明した自分は、現在発達障害を抱える友人たちと協力しながら自営業、或は起業の道を進むべく模索しております。個の強すぎる発達障害の我々は定型発達の人々に合わせて生きるより、自分で自分の道を進むことが何より一番だと思います。

この記事を書いた人

荒川 泰之
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