ADHDの気質とベトナムのお国柄の相性が良いことを全力で説明してしてみた

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成人してから発覚した、いわゆる大人の発達障害というカテゴリーに分類される者です。 御多分に漏れず、様々な職を渡り歩き、そして数々の失敗をしております。が、何とか生きております。 ■人はおおむね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない。肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだ。ロマン・ロラン

 

ベトナムでこれ書いてる

自分は今、ベトナム中部地域に位置するクアンナム省は古都ホイアン、その片隅にある安ホテルにてこの記事を書いております。ベトナム滞在9日目、まず最初に首都であるホーチミンに入り、その次にフエ、そしてようやくここホイアンへとたどり着きました。

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Photo by raizo

ホイアンは世界文化遺産にも登録された有名な都市で、ベトナム戦争の戦火を免れた旧市街の古い建築物が川沿いに並ぶ。また夜は名物のランタンに灯がともり、その灯りが古き良きベトナムの雰囲気を醸し出し、そのエキゾチックな光景は見る者に感嘆の息をつかせる。ホイアンはかつて交易港として栄え、朱印船貿易が盛んな頃は日本人を含む外国人街があり、現地には日本橋と名がついている橋も残されている。そんな歴史と伝統溢れる観光都市、日本で例えるならば、長崎の出島と京都を足して二で割ったような都市とでも言えば良いのかもしれない。(違ったらごめんなさい)

そんな話、どっかのトラベルサイトにでも投稿してろよって突っ込みが飛んできそうですが、ちょっと待ってほしいんです。確かにベトナムはとても良い国で色んな人にお勧めをしたいのですが、しかしここで自分は、特にADHDで方々には是非ともベトナムを一度訪れてほしいと思うんです。

何故そう思うのか? これはもう自分の完全な独断と偏見かもしれないのですが、それは「ベトナムってADHDの自分にとって楽園なんじゃない?」と思うからなのです。それをこれから説明していきたいと思います。

マイペース気質(自己中)のベトナム人

ベトナムに来てまず一番に驚いたこと、それは皆が自己中であるのだ。ベトナム着後、空港から出てタクシーを探しに乗車場に行ったときのことだ。近づいてきた男性に片言の英語でタクシーを探している旨伝えると何か聞き取れないことをまくし立て、勝手に荷物を掴んでトランクに入れようとするのだ。

悪徳タクシーに引っかかったのかと思って必死で荷物を押さえタクシー会社を確認すると、何とガイドブックにも乗っている優良タクシー会社の名前だった。なるほど優良タクシー会社の運ちゃんがこっちの話を全く聞かず、問答無用で自分を車に連れていこうとするのだ。おまけに気づいたらいつの間にか乗り合いタクシーになっており、韓国から来た大学生の旅行集団といっしょにホテルまで行く羽目になっていた。

目的地までの時間と金額もガイドブック情報とほとんど変わらず、むしろ少しばかり安くなっていたのでこちらとしてはお得であったのだが、一緒に乗り合わせた韓国の大学生と、このいきなりのベトナム流の洗礼にお互い苦笑いをしたものだった。まったくこっちの都合おかまいなしで自分の都合でお客を運ぶベトナムタクシー(しかもガイドブックに記載されている優良会社)には何とも面食らった。

マイペースのベトナム人気質の例を挙げると枚挙に暇が無い、それでも一番面食らったのは交通法規の無秩序さである。ベトナムの道路はバイクで溢れており、そのバイクのほとんどが信号が赤になっても止まらない。そればかりでなく、道路は逆走する、二人乗りどころか三人乗りや車体から大きくはみ出すような荷物を積んだバイクが飛び交い、おまけに歩道だろうが何だろうが何処でも平気で走る。

正直言ってベトナムは国中の何処に行っても交通事情に慣れていない外国人が徒歩で移動するのは危険だ。ちなみに『信号が赤になっても止まらない』と書いたが、そもそも信号がほとんど無いという現実もある。道路を渡りたかったらタイミングを計って自分の判断で渡るしかない、逆を言えば道路のどこでも人が渡って歩いているのでバイクや車の運転者は常に注意が必要でもある。

悪く言えばベトナム人は自己中、しかしそれで事故や喧嘩になってる姿を見ることはほとんど無かったので、何と言うか、皆テキトーでマイペースで色々な意味で『緩い』と言うのが一番良いのかもしれないと思う。

 

ベトナムの呑気で適当な空気

ベトナムは呑気だ!何が呑気って全体的に何でも呑気で適当だ。まず国内線の飛行機、乗客が少ないと飛ばないのだ。時間通りに空港に着いて予約していた便の飛行機が突然キャンセルされたと告げられた時の衝撃は口では言い表せられない。当然その後の便に振り分けられたのだが、謝罪などは一切なし。空港で待ちぼうけをくらい、その後の予定を大幅に変更せざるを得なかった。

屋台の食事は日本の保健所の職員が見たら卒倒するような環境である。川沿いの屋台街で食事をした時は食事で出た残飯はひょいひょい川に流していたし、それを目当てにネズミがうろちょろしている。生肉を扱う手は一応ビニール手袋をして扱っていたが、その手で野菜をちぎっていたりするので実質意味が無い。慣れない人は眉を顰めるであろう環境だが、しかしこれが不思議に味は絶品なのだ。特にホイアンの屋台のカオラウという汁無し麺(日本の伊勢うどんがルーツとも言われている)とバインミーというベトナム風サンドイッチは特にオススメである。

値段についても、これがかなり適当。もちろん屋台のおばちゃんなどはこちらが外国人観光客と見ると結構ふっかけてくる。ただこちらがちょっとでも渋ったり、或いは「ディスカウント」と言うと簡単に値が下がる。飲み物なんて最初と同じ値段で二本買えたこともある。ホイアンの観光用ボートも、最初の客引きの提示した値段と、次の客引きと交渉した結果が二倍以上あったりする。うーん・・・この値段設定のいい加減さは何なんだろうかと思う。

気候が暑いせいなのか大陸的気質の所為なのかは分からない。だが皆が呑気というか、のんびりゆったりした時間で動いている。平日の午前中から店先でお茶しながらお喋りしていたり、ハンモックをつる下げて昼寝(朝寝?)している姿をよく見かけた。また、とある遺跡の資料館では入り口の係員が机の上でそのまま飯を食べながら観光客のチケットをチェックしていた。常に皆休み時間なのか、就労時間なのか。ON・OFFの境が曖昧なのか、それは分からない。

 

みんなマイペースで、それで良い。

ベトナム人は皆、マイペースで呑気で適当(一部例外を除く)。しかし皆それを受け入れ、文句も言わないのだ。交通マナーが悪くて、バイク同士が接触しそうになっても、道路が詰まって渋滞になっても誰も日本みたいに喧嘩なんてしていなかった。店の接客だって愛想も良くないし、サービスも良くない。客の目の前でお喋りをしていたり、携帯弄っていてこっちの呼びかけに気づかないことなんてザラにある。しかし誰も文句を言わない。だってどの店も大体同じ、皆テキトーなのだ。ただ一つ言えることは総じて皆自分のペースでしか動いていない。そして皆がそれを許容している点である。

 

ベトナムで自分が感じる居心地の良さ

ベトナムに着いてから数々の洗礼を受けた自分がいま、それでもこの地にとても愛着を感じ、そして日本には無い居心地の良さを感じている。旅行者というバイアスがかけられていることはもちろんとして、しかしそれを加味したとしても、計り知れない居心地の良さがこの地には溢れている。自分はそう感じた。

そしてそれはADHD気質を持つ自分が、このベトナム人気質と非常に親和性があるからなのではと思うのだ。

ベトナムでは皆がマイペース、それは個が強く、能力が凸凹なADHD気質を受け入れる許容さがあると思うのだ。特に仕事面、ベトナムではそこら中に屋台や個人商店が溢れている。サラリーマン的な全体主義で同調圧力が強い仕事が嫌なら屋台でも小さな商店でも始めてしまえば良いのだ。実際ちょっとでも人が集まるような場所には様々な屋台がすぐに立つ。その辺の道端でもバイクやリヤカーで引いた屋台が集まり食べ物でも飲み物でもなんでも売ってる。商店もバイク屋から雑貨屋、アパレル、電気、まで各種あり個人の才覚を活かした商売がし易い環境なのだ。フランチャイズ店なんてほとんど無い。会社に頼らなくたって生きていけるのだ。

時間感覚もそれぞれ、朝早くから店先で寝てる人もいるし、昼食後もいつまでも休憩している人たちが沢山いる。夕方早々に半分店を閉めて家族と団らんしている店もあるし、夜遅くまでホテルに帰ってくる観光客目当てに真面目に営業している個人商店もある。船便やツアーバスの出発時間なんて多少の遅れはザラである。ただ時間管理が苦手なADHDの自分でも、それを苦にせず生きていけそうな環境であるとは思うのだ。

しかしこれだけは言える、皆自分、そして家族のためにだけに働いている。ベトナム社会でブラック企業なんて存在し得ないだろう。そんな就労条件の悪い会社、あっという間に社員がいなくなってしまうだろう。何故なら屋台でも何でも自分で商売を始めれば良いのだから、会社にしがみついている必要が無い。

 

まとめ

ベトナムの社会は隙間だらけ、時間も接客も色々なものが適当で緩い。それに比べ、日本の鉄道は1分の遅れも無く列車が駅に到着し、宅配便は全ての家庭に時間指定で届く。街に溢れるフランチャイズ店はマニュアルとコンプライアンスで社員を管理し会社のマシーンの様に丁寧で正確な接客を行う。そしてマニュアルに準じて作られる飲食店の食べ物は、工場で加工されそしてそのままのベルトコンベアの延長線上に位置するかの様に我々の口に届く。精密機械の細かい歯車の様に、画一的な教育された労働者ががっちりとかみ合い、正確無比に、何一つ遅れることなく、何一つミスの無いような仕事で動いている。一部の隙も無い、それが日本だ。

どちらが優れているなど無い。ただ一つだけ言いたいのは、日本のように便利で、時間に正確であるが、ミスが許されない社会での生活はADHDの俺にとって息苦しい。ベトナム社会のように、適当で大ざっぱだけどマイペースに生きていける社会に魅力を感じてしまう。ADHDの俺でもベトナムだったら普通に生きていけるんじゃないか? なんてことを考えてしまう。

所詮、観光客からの目線である。現地には現地の厳しさがあるだろうし、長期滞在していたら見えてくる問題も多々あるだろう。しかし、それでも、ADHDで悩む皆さんには是非一度、ベトナムを訪れてみて欲しいのだ。日本の社会に適合出来ない悩み苦しみに耐えかね、辛い思いをしている人は特に、ベトナムの風土に触れれば少しは救いになるかもしれない。ADHDを抱える人でも気負うことなく生きていけそうな国があるんだ、日本の様な息苦しさを感じさせない国があるんだ。それだけでも知れたなら、少しは救いになると思う。我々が生きる場所は何も日本だけでなくたっていいんですから。

この記事を書いた人

d_sakag
成人してから発覚した、いわゆる大人の発達障害というカテゴリーに分類される者です。

御多分に漏れず、様々な職を渡り歩き、そして数々の失敗をしております。が、何とか生きております。

■人はおおむね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない。肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだ。ロマン・ロラン