発達障害の私が自立を獲得するまで(4)

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aspeman

1989年、広島に生まれる。 理系大学に進学するも、文筆家を志すようになる。 在学中より定期刊行物への投稿を始める。 卒業後は毎月1本の連載を抱えるも、発達障害のためにアルバイトを転々とする。 経済困難による自殺未遂なども経験しながら文章の道を求め、現在では文章一本での生活を確立している
This entry is part 4 of 6 in the series 発達障がいの私が自立を獲得するまで

親からの反対を受ける

文章一本で生計を立てようと覚悟を決めたものの、文章で稼いでいくことは容易ではなく、生活困難は酷いものでした。生活費が足りない事もしばしばであり、そのときには消費者金融から借り入れることでしのいでいました。この経済困難からくる悩みに加え、自分の書きたくもない文章を毎日何時間も書き続けて大した稼ぎにならないことは大きな悩みとなりました。

また、親との確執も悩みとなっていました。私が仕事を転々としている事を親は歯がゆく思っており、さらには文章一本でやっていくと伝えたときには、昔気質の父は大反対しました。そんなもの、上手くいくはずがないと。ごく全うな意見だと思います。

発達障害であることは親には伝えませんでした。母が心配性であるため、それと知ると必ず実家に帰してサポートしようとするでしょう。しかしそれは多大な迷惑をかけることになりますし、自分自身も発達障害に負けることになると思ったため、私には伝える事が出来ませんでした。

親は「文章で食っていくなど不可能に決まっている、稼いで行く事などできるはずがない。人間は貧乏をすると、食費がなければ盗みなどを働いてしまうものなのだ。そうなると家から犯罪者を出す事になり、親族全体に迷惑が掛かる。もしどうしても文筆の道にすすむというなら、親子の縁を切る」とまでいいました。最初はそれでも仕方が無いとも思いましたが、文章の道は諦めると偽り、なんとか親子の縁を保ちました。

経済困難の悩み、稼ぐために書く文章の悩み、親との確執を抱え、このときにも精神的に相当参っていました。そんなときに偶然知り合った人から無料で電子書籍出版の話が来ました。当然私はそれに飛びつきました。

偶然の出会いから、電子出版のオファー。

稼ぐための文章は一旦休み、電子書籍作成に心血を注ぎました。文章を練りに練り、3ヶ月をかけて書き上げました。そしてAppStoreからリリースしたのが平成25年の3月でした。文筆の腕は学生から磨きぬいたつもりでした。文章の質を高めるために、手書きで本を書き写すという練習を重ねており、書き写したノートは30冊ほどにもなっており、これくらいの苦労をしている文筆家志望がほかにいるだろうかと誇りに思っていたほどでした。だからこそ、そのような自分が心血を注いで書き上げた本が売れないはずは無いと思い込んでいました。

印税は35%でしたから、これが売れることで経済困難から解放され、それによって実績を作れば自分の書く文章も選ぶチャンスが来るだろう、親も見返し、認めてもらうことが出来るだろうと思っていました。今思えば甘いとしか言いようが無いのですが、まさにその電子書籍一冊に人生をかけている気持ちでした。

そしてリリースの日を迎えました。電子書籍アプリは、リリース初日にどれだけ売上げてランキング上位に食い込むかがポイントとなります。しかし売れ行きは思ったほどではなく、ランキングも何とか100位圏内に入る程度でした。初日でそのような様子ですから、当然それ以降は売上は伸びることなく、結局稼ぎはわずかに数千円でした。

無事、出版するも売上は立たず。うつ病から自殺未遂に。

このことによって、私は自信を完全に打ちひしがれました。経済困難、書く文章のジャンル、親との確執のいずれの悩みも解消されることはなく、むしろ自分の文章に対して自信を喪失することによって、三重苦が四重苦になっただけでした。

そして、文筆で身を立てるのは無理かも知れないと思うようになりました。文筆に志したとき、「どんなに苦しくても文筆でいく、飯が食えなくても良い、文筆で道を立てられなければ死ぬ」と捨て身の覚悟を決めていただけに、文筆の道を諦めるという事は死を意味するものでした。

そのように考えるようになって間もなく、私は酷いうつ状態に陥り、首をつりました。

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aspeman編集者
1989年、広島に生まれる。
理系大学に進学するも、文筆家を志すようになる。
在学中より定期刊行物への投稿を始める。
卒業後は毎月1本の連載を抱えるも、発達障害のためにアルバイトを転々とする。
経済困難による自殺未遂なども経験しながら文章の道を求め、現在では文章一本での生活を確立している