覚えられない?発達障がいの五感に伴う記憶力

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aspeman

1989年、広島に生まれる。 理系大学に進学するも、文筆家を志すようになる。 在学中より定期刊行物への投稿を始める。 卒業後は毎月1本の連載を抱えるも、発達障害のためにアルバイトを転々とする。 経済困難による自殺未遂なども経験しながら文章の道を求め、現在では文章一本での生活を確立している

人には五感というものがありますね。視覚、味覚、触覚、嗅覚、聴覚です。これも発達障害に起因すると思うのですが、私は五感を伴う記憶力がほとんどありません。

・視覚

普通の人は見た風景や人の顔などを覚え、それを思い浮かべることができるらしい(私にはできず、それができるという感覚が分からないため“らしい”としか言えません)のですが、私はそれができません。何回も会っている人の顔や何度も見ているはずの風景を思い浮かべることができないのです。

親や兄弟や親友の顔でさえ、写真のように固定された一つの表情しか思い浮かべることができず、例えば怒っている表情や笑っている表情というものを思い浮かべることができません。会う頻度が低い人に至っては、全く顔を思い浮かべることができません。

※これは思い浮かべることが不可能なだけであって、実際にその人が目の前に現れると、それが誰であるかを思い出すことはできます。つまり何らかのきっかけがないと思い出すことができないのです。

・味覚

私は味を思い浮かべることができません。人は塩の味や砂糖の味、ラーメンの味やカレーの味などを思い浮かべることができるらしいですが、私は塩の味などのごく単調な味さえ思い浮かべることができません。

人はラーメンを食べたいと思った時には、その味や香りを思い浮かべて食べたいという感情を抱くそうなのですが、私はそれができず、ただそれを食べた時においしいと感じた感情を覚えているだけなのです。ごく最近まで、味が思い浮かべることができる人というのは特殊な技能を持っているものだと思い込んでいたのですが、そうではないらしいと知った時には驚きました。

・触覚

冷たい、熱い、固い、柔らかい、すべすべしている、ざらざらしている、などの触った感覚を、普通の人は思い浮かべることができるらしいのですが、私にはできません。実際に紙やすりが目の前にあり、それを触りながらでなければざらざらしているという感覚を思い出すことができません。

・嗅覚

これも味覚のようなものですが、何かのにおいを思い浮かべることができません。たとえば香水のにおいなど、人は思い浮かべることができるのだそうですが、私にはできません。

・聴覚

聴覚にしてもそうです。ギターの音、太鼓をたたく音などを思い浮かべることができません。人の声にしてもそうです。実際にその音を聞けば思いだすことはできるのですが、何もないところでそれを思い浮かべるということができません。

好きでたまらないアーティストの音楽や、親が自分の名前を呼ぶ声などは、わずかに思い浮かべることができますが、それ以外は全く駄目です。

 

私はこのような症状を持っています。これによって生活に支障が出たことはないのでそれほど重大には考えていませんが、人と確かに違う部分だと思っています。

味覚がないことがもっとも実感できるところです。たとえばカレーを数日間も食べると人は飽きるそうなのですが、私はそれを口に入れているときには味が分かりますが、飲みこんで口の中から味が消えてしまうともうその味を思い浮かべることができなくなるので、翌日口にするときにはまた新鮮な感じを覚えます。したがって、1週間や2週間カレーを食べても何とも思いません。

事実、学生時代は4年間ほぼ毎日ご飯とみそ汁しか食べませんでしたが、そのことによって不足を感じることはほとんどありませんでした。そもそも味が思い浮かべられないので、何かを食べたいと感じることがあまりないのです(ただし、ストレスを感じて血糖値を上げるために甘いものを食べたくなる、というような本能に起因する部分では、何かを食べたいと感じることはあります)。

自分と同じような症状を持った人は未だ出会ったことがありませんが、これも発達障害の症状の一つであるならば書く価値のあることだろうと思い、書いた次第です。

この記事を書いた人

aspeman編集者
1989年、広島に生まれる。
理系大学に進学するも、文筆家を志すようになる。
在学中より定期刊行物への投稿を始める。
卒業後は毎月1本の連載を抱えるも、発達障害のためにアルバイトを転々とする。
経済困難による自殺未遂なども経験しながら文章の道を求め、現在では文章一本での生活を確立している