ADHDと診断。そして自己理解。気持ちを切り替えて特性とうまくつき合う

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emma

一児の母。大学生の時のバイトでミスが多かったことや、 友人とのコミュニケーションがうまく取れないことをきっかけに、 自身に発達障害があるのではないかと疑いはじめる。 大学卒業後は就職できず、フリーター、契約社員など転職を繰り返し、 社会人6年目で軽度のAD/HDとの診断を受ける。 結婚を機に仕事を辞め、翌年出産。 現在はライター業やネットショップの運営など、 家でできる仕事に徹している。

(ADHDの診断を受けている方、またはその疑いがある方へ)

 

「ADHDであるということは、どれだけ努力をしてもできないことがある」。私はそんな風に認識しています。また、「諦めなければ夢は叶う」という前向きな言葉は、ADHDの診断を受けた私には関係のないものだと思っています。ネガティブですが本当のことなので仕方ありません。受け入れるまでに多少時間がかかりましたが、そう考えることで自分自身を納得させることができています。

このように、私なりに考えた「気持ちの切り替え方」は、他にもあります。現状からプラスの方向に進むことはなくても、マイナスになることもない無難かつシンプルな方法です。

 

自分にできないことはしない

特に社会人になってからは、どれだけ頑張っても成果として認められることがなかったので、自分のキャパシティを超えるような行動は極力控えるようにしています。簡単な例で言うと、接客やお金を取り扱う仕事です。人とのコミュニケーションは上手にとれないし、間違いがあったら怖いのでお金を扱う仕事もできません。今は自分にできることを真剣に取り組んでいます。

 

早めに諦める

仕事やお稽古事など、自分にできることだと信じて新たに挑戦してみたけど、結局ダメだった場合は早い段階で諦めるようにしています。これがADHDの診断を受ける前なら「また続かなかった…」と落ち込んでいたかもしれませんが、今は「(諦めるそれが)どれだけ頑張ってもできないことの一つなのだろう」と素直に受け入れることができています。ADHDの特徴に「飽きっぽい」ところが挙げられますが、頑張りすぎて負担にならないための自己防衛のようなものかもしれません。今では何か新しいことを始める際には、自分が続けられるかどうか慎重に慎重を重ねて検討しています。

 

会話をする際には自分が話すことよりも相手のペースに合わせることを意識する

コミュニケーションをとるのが苦手なので、不必要な人間関係を築くのは避けるようになりました。私自身は人と話すのが好きですが、会話のキャッチボールがうまくできないために、会話が途中で詰まってしまったり、話が通じなかったりして相手が戸惑ってしまうので、会話を続けるときは饒舌にならないように気をつけています。相手とのコミュニケーションは自分のペースに巻き込むのではなく、相手のペースに巻き込まれるようにすると精神的な負担も軽くなります。

 

失言しないように気をつける

誰かと話すときに、自分の発言で相手を不快にさせてしまわないように意識しています。失礼なことを発言してはいけないので、言葉を選ぶ必要がありますが、私の場合、頭の中でうまく整理できずどもったり言い間違えたりすることが多いのです。これがコミュニケーションの足枷になっていて相手が困惑してしまうので、結果として他人と深くかかわり合うことなく、最低限の付き合いだけで留められています。

 

ADHDであっても自分なりにできることを最大限やる

これが一番大切なことだと思います。

ADHDという目に見えないハンデを背負っていることで、健常者だったら経験しないであろう、さまざまな苦労に直面しなければなりません。しかし、失敗や挫折などの辛い経験をすべてADHDであることを言い訳にするのは違和感があります。例えば、私には夫がいますが「部屋の片づけができていない」と咎められても「ADHDなんだから仕方ないでしょ!」などの言い訳はしないようにしています。ADHDであることを逃げ道だと捉えられるのが嫌だし、円満な夫婦関係を築く上でこのような言い訳は建設的ではないと思うからです。謝罪して片づけを進めていくのみです。

 

いかがでしたか。

ADHDは治る病気ではないので、死ぬまでうまくつきあわなければなりません。こうした気持ちの切り替えだけで精神的な負担を軽減することができます。ネガティブな生き方だと批判されるかもしれませんが、これがADHDにとって社会と円滑にかかわりを持てる方法の一つなのです。

この記事を書いた人

emma
一児の母。大学生の時のバイトでミスが多かったことや、
友人とのコミュニケーションがうまく取れないことをきっかけに、
自身に発達障害があるのではないかと疑いはじめる。
大学卒業後は就職できず、フリーター、契約社員など転職を繰り返し、
社会人6年目で軽度のAD/HDとの診断を受ける。
結婚を機に仕事を辞め、翌年出産。
現在はライター業やネットショップの運営など、
家でできる仕事に徹している。