発達障害者の可能性を潰さないためには遊びも大事よね、というお話

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くらげ

くらげ

聴覚障害者30年やってたらなぜか発達障害の彼女ができました。現在その彼女と同棲中。そんなことしてたらなぜか学研から「ボクの彼女は発達障害」(http://www.amazon.co.jp/dp/4054057063)を発行しました。彼女を通して発達障害について考えたことをつらつらとゆるく語っていきます。

Challengedの読者の皆様、はじめまして。
くらげと申します。

私は聴覚障害があり、人工内耳を装着して社会人をなんとかやっています。
はて、「聴覚障害なのに何故発達障害専門のWebマガジンに投稿してるのやら」と疑問に思う方もいると思いますが、その理由は、私の彼女「あお」にあります。

あおは発達障害を持っています。
(つまり、聴覚障害者と発達障害者の障害者カップルですね)
それについて、詳しくは学研より出版させていただきました、「ボクの彼女は発達障害」に詳しく書いてますので、興味のある方はご一読いただけると幸いです。

この本では、あおの特性を私がどうサポートしていったのか、というエピソードを綴っていますが、Challengedでは、あおの発達障害による特性を基に、「聴覚障害者」としての私が「分析」したことなどを中心に「発達障害とはどういう障害か」ということを考察していきたいと思います。

まぁ、「分析」だの、「発達障害って何か」とか聞くと、難しそうな感じですけど、ご安心ください。
私は馬鹿なので、それほど難しいことはかけませんし、そもそも難しいことを書く気もございません。
ゆるーくエッセイ風味に仕立てあげていきますので、お茶の一杯でも飲みながらご気軽にお読みいただけると幸いです。

■あおの趣味について
さて、第一回目は「あおの趣味について」を考えてみたいと思います。
とか書きながら、あおに「お前の趣味はなんぞや」と問うと「ないなー」と即答が・・・。

「いや、ツイッターみたいなネットとか?」
「それは暇つぶし」
「本を読むとかは?」
「本読めないですし」
「どっかに出かけるとかは?」
「人ごみ嫌いだしー」
「で、好きなことは?」
「わかんないねー」

というわけで、あおと私は休日は家の中でゴロゴロしております。
文字通り、床の上をゴロゴロと転げまわって、壁に頭をぶつけて「ギャー」とか叫んでます。あおだけ。
で、それに飽きると、私の腕毛を毟ったり、寝っ転がってる私に座りながら
「あんた、すわり心地はいいがら、前世は椅子だったんだね」
とかわけのわからないことを言ったりします。
こいつの趣味は「俺をいじること」なんじゃないかと思うのですが、さて。

というのはさておき、あおは「趣味」といえるものが(現時点では)ありません。
あおに「趣味を持たないのか?」と聞いても「趣味って何?」と聞いてきます。「暇つぶしとどうちがうの」とも。

私は「体を動かしたり、本を読んだり、どちらかと言えば創造的な暇つぶし?」と答えるのですが、あおは「体を動かすのは嘲笑われるからやだし、本を読んでも頭に入ってこないから疲れる」とノッてきません。

ここにあおの発達障害の特性が隠れていて、あおは体をうまく動かすことができません。ボディイメージがうまくつかめないようなのです。というか、まっすぐ歩けません。そんで、人にぶつかります。こわい人にぶつからないことを祈るばかりです。

それはさておき、体がうまく動かせないため、子供の頃から「運動をするたびに嘲笑われてたから、運動は絶対にしたくないんだよね」とあお。
ならば、運動を趣味にするのは諦めるしかありません。
体を動かすたびに過去の屈辱を思い出してまで付き合わせる必要はございません。
(私自身はウェイトトレーニングとかしてましたが、最近は多忙でできてません・・・)

で、「本を読むのは?」と聞きますと、「内容を理解できないんだよねー」と。
「でも、ネットは出来るんじゃないの?」と聞くと、
「あれは読んだあと頭に残らないからなー、趣味って言えるほど創造的でもないし。あと、文字がぶれて見えるからつかれるんだよね」
ふーむ、これでは本を読んでもディープな話ができませんね。私が所有している「筒井康隆全集」「ドグラ・マグラ」「ラブクラフト全集」とか読ませたいところなのですが。

ならば、写真やらなにやらの同好会に入ってはどうか、とも薦めたのですが、「そういうのって、他の人と比べられるじゃん、で、下手だと怒られるじゃん、それ怖いよ」と渋るっか、拒否しますね。

これはどちらかと言えば、子供の頃から「何をしても比べられて怒られていた」という蓄積が心の棘として、太く深く刺さってしまっているようです。

他の発達障害の方と交流は実のところ多くはないのですが、少ない交友範囲でいうと、「余暇」の過ごし方が難しい、という当事者は少なくありません。

それはなぜかと言えば、「障害特性ゆえ趣味と言われるものが苦行である」という事もあれば、「障害を理由に嘲られていたので、余暇活動ができなくなった」というパターンもありました。

逆に、(わりかし私もそうですが)一つのことに集中し過ぎて、他のことができなくなる、というパターンもあります。だから、趣味というものを作らない、という事ですね。

たしかに、ギャンブル依存症やゲーム依存の原因に発達障害があった、というレポートを読んだことはあります。
それは逆に言えば、「他に出来ることがない」という劣等感から、深くハマってしまう、という事もあるのではないかな、と考えたりしています。

発達障害を持つと、なかなか余暇を過ごすのすら難しいケースは確実に存在します。

でも、障害を「嘲笑われた」ことが理由で趣味を作れない、というのもとても悲しいものではないでしょうか。
これも、「障害への無理解がその人の可能性を潰す」ひとつの事例だと、私は思っています。

これを読んでる発達障害のお子様を持つ親御様にお願いです。
子供の未来の可能性を最大限守るためには、「遊ぶ」という事にも注目して欲しいのです。
勉強も仕事も大切です。でも、「遊ぶ」という事も人生には大事なことです。
それが「障害を持っても良い人生を生きるためのコツ」だと私は信じています。

私自身としては、あおがもっと人生を楽しんでもらうために、趣味みたいな活動をして人生に幅を広げてほしいな、とは感じているのですが、まぁ、すぐには無理です。
人生まだ長いので、少しずつ棘を抜いていって、なにかおもしろいと思えるものがもっと増えればいいな、と願っています。

ところであおさん?さっきから人の白髪を調べるのはやめてくれませんかね?

この記事を書いた人

くらげ
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聴覚障害者30年やってたらなぜか発達障害の彼女ができました。現在その彼女と同棲中。そんなことしてたらなぜか学研から「ボクの彼女は発達障害」(http://www.amazon.co.jp/dp/4054057063)を発行しました。彼女を通して発達障害について考えたことをつらつらとゆるく語っていきます。