高校までと大学や職場では、必要な能力が違うらしい…優等生だったぼくは、発達障害だったのか。


▼高校までと大学では、学校生活に必要な「力」が違うらしい・・・

始めまして。自分は愛知県出身大阪府在住の現在27歳です。小学校、中学校、高校と普通の公立高校に通いサッカー部に所属して勉強も頑張っていました。世間的にみると、「真面目な優等生」として過ごしてきたのかなと思います。

順調に生きてきた自分の人生に転機が訪れたのは大学に進学した後でした。今から6年前に当たる当時21歳の僕は不眠症、抑うつ状態、パニック発作に悩まされることになります。当時は周りとの人間関係が自分に合わなかったこと、学業不振に陥っていたこと、留年して親に迷惑をかけることへの恐怖心からくるものと感じていました。

その後、自分は大学編入試験という制度を使って三重県の大学から大阪にある大学に編入することになります。
理由は自分に合っている勉強をしたいと思ったことと、パニック障害の症状が環境を変えることで良くなるのではないかなと考えたことでした。

大阪の大学編入してからも最初は授業中にパニック発作がでたらどうしようという恐怖感とは闘い続けました。しかし、当時の自分はパニック障害を体験した有名人の著書や克服法などの本を読み漁っていました。それで知識つけて自分にできることは実践するということを繰り返していくうちにパニックの症状はあまり出てこなくなりました。

 

▼時間は掛かれど、ペースを掴めてきた大学生活。しかし別の課題が・・・

大学での勉強も自分に合っていると感じていて、図書館で関連本を借りたりして意欲的に取り組んでいき、卒業への単位数を順調に減らしていくことができました。結局前の大学では4年在籍、1年休学したので合わせて5年、編入後の大学で2年と時間はかかったものの7年をかけて大学を卒業することができました。その一方で、大学に入学以降自分の中で引っかかっていたことがありました。それは、「アルバイト、仕事が続かないこと」,、「人間関係がうまく築けないと感じていたこと」でした。大学生といえばアルバイトをしたり、サークルに入ったりして充実したキャンパスライフを送っていくのが世間のイメージだと思うけれど、大学生活で自分はサークルやアルバイトが長続きしませんでした。

高校生までは出来ていた、社会的な活動に段々適応できなくなっていったのです。大勢での会食、飲み会なども苦手で仲の良かった一部の友人との食事などを除いてはそういう活動に極力参加しないようにしていました。この悩みは大学を卒業してからも付いてまわります。

 

▼発達障害を自覚したのは社会人になってから、偶然見たテレビで。

大学卒業後、京都で接客業のアルバイトを始めました。最初は仕事を覚えるのに時間がかかったけれど必死でメモを取って業務内容を覚えていきました。最初はパニック発作が出たらどうしようという恐怖感もあったけれど数をこなしていくうちにそれは薄らいでいきました。職場の人間関係も悪くなく、仕事終わりで飲みに行ったりカラオケに行ったりしてとても毎日が充実していました。21歳でパニック障害を発症して5年。自分の中ではやっと社会に適応できているという実感を持ち始めていました。

その後、接客業のアルバイトから大阪にある上場企業に契約社員として入社することになります。最初は問題なく業務をこなしていたのですが、職場の上司に嫌がらせをしてくる人がいたり、自分の業務にミスが目立つようになったりネガティブな要素が目立つようになっていきました。また上司からの指示がうまく聞き取れなかったり会議や飲み会などの多人数でのコミュニケーションがうまくとれないなど不安を感じるようになっていきました。

そんな時期にテレビでやっていた発達障害の特集を見て、自分に当てはまる要素が沢山あるということに気がつきました。発達障害に関する著書やインターネットでの情報を通して自分は発達障害じゃないかという気持ちは膨らんでいきました。契約社員として働いていた会社を半年ほどで辞めてしまったの機に実家のある愛知県の発達障害を見てくれそうな病院を探して通院しました。

 

▼上手くいかない原因が分かってホッとした。だって、どうすればいいか分かるのだから。

wais-Ⅲという心理検査を受けた結果、明らかになったのは

①出来ることと出来ないことの差が激しい
②言語性IQが高く、動作性IQが低い
③耳から入る情報を認識する力が弱く、目で見る情報を認識する力は強い

という特徴があるということでした。
そして、27歳を迎えた去年の9月に広汎性発達障害(PDD)と二次障害の抑うつ状態という診断が下りました。
21歳でパニック障害を発症してから6年が経過していました。
今まで感じていた違和感が診断を受けたことで少しだけ和らいでいくの感じていました。

それから大阪に戻り、発達障害支援センターに通い始めています。障害者手帳の申請もして数ヵ月後に無事取得することができました。これから自分は社会に適応するためにやっていかなくてはいかないことがあります。

それは自分の特徴を分析して向き、不向きを見極めること。自分に合った環境を見つけること。
自分に合った環境や仕事内容、理解ある職場に恵まれる、恵まれないでその人の人生は変わっていってしまうことを感じます。また自分自身もその環境に適応できるように歩み寄っていく姿勢も大事なんだと思います。

まだまだ世の中の認知度は低いけれど、今の日本は法律や発達障害についての相談窓口や支援センターなどの環境が昔に比べて整ってきていると思うし、SNSの普及もあり発達障害者同士が関わって同じ悩みを共有できる時代になっているのはすごく良い時代だなと思います。発達障害を持っていても、自分の人生を前向きに生きられる人が一人でも増えていけば良いと思うし、自分もその一人でありたいなと思います。

この記事を書いた人

imo
imo
1987年生まれ 愛知県出身